「夏花火」
Fan Make Voice オリジナル作品
※転載禁止
※リレー朗読用にパート分けしています
1
遠く山と山の間に夜空を彩る花火が見えた。
まるで追いかけるようにドーンという音が遅れてやって来る。
光の速さの方が速いというのは本当なのだなと思ってしまう。
幼い頃に家族と一緒に見た花火は、広い空一面を赤や黄色の様々な光で覆いつくして、低いドドーンという音が胸の奥まで揺らすほど響いてきたものだった。
遠くの夜空でパラパラと上がる花火に、他のみんなは一喜一憂するけれど、私はなんだかとてもつまらなかった。
私の思い出の中の花火の方が、ずっともっとすごかったと思うのだ。
本当は今日だって、家族みんなで花火を近くで見に行くはずだったのに、できなくなってしまった。
きっと家族みんなで見る花火はとてもキレイに違いなかったのに…。
「ええーっ、どうして花火に行けないの?」
「しょうがないでしょう。お父さんがお仕事になっちゃったんだから。」
「だったら、お母さんと私で行けばいいじゃない。」
「ここの屋上からも見えるから、わざわざ近くまで行かなくてもいいでしょう。」
「ええーっ…。」
やっぱり、遠くで打ちあがっている花火を屋上から見るのと、空一杯に広がっている花火とでは、迫力が違うと思ってしまうのだ。
私はつまらなくなって、自分の部屋へ戻った。
「花火、どうだった?」
「見えたよ。」
夕食の支度をしながら花火の様子を尋ねるお母さんに気のない返事をして、私は自分の部屋へこもった。
2
私の部屋からも花火は見えたが、さっきより山に隠れて欠けたような花火がパラパラと打ちあがっている。
初めて空一面の花火を見たのは、みんなで家族旅行をした時。
目を閉じれば、空中を覆う花火が今でも蘇ってくるようだった。
コンコン…。
何かを叩く音に私は片目を開けた。
「お母さん…!?」
また、コンコンと何かを叩く音がする。
「なあに?」
起き上がってドアの方を見たけれど、ドアが開く様子はない。
「こっちだよ。こっち!」
思わず声のする方を振り返ると、窓に一人の少年がへばりついていた。
「わあっ!」
「大きな声を出さないで!」
大きな声も出したくなる。
だって、その窓は5階の窓で下にはベランダも何もないからだ。
おばけとか、妖怪とか、とにかく変な生き物だと思って、不審に思い部屋を出て行こうとすると…。
「待って! 花火を一緒に見に行かないか?」
そう誘ってきたのだ。
「あなたみたいな変な人とは、行かない!」
「じゃあ、花火を空から見てみないか?」
「花火を空から…。」
花火は地面から空を見上げるものだと思っていたけど、空から見るってどんな感じなのだろうと思ってしまった。
3
「だから、空を飛びながら、花火を見るんだよ。」
「ヘリコプターや飛行機で花火の中を突っ切るつもり?」
「そうじゃない。自分で夜空を飛びながら花火を見るんだ。」
自分の体だけで花火の中を飛んでいくなんて、すごいと思ってしまった。
そんな風に花火が見られたらどんなに素晴らしいだろうと思ったのだが…。
「人間が飛べるわけなんてないでしょう。」
「だったら、ここを開けて。」
そういうと少年は、また窓をコンコンと叩いたのだ。
恐る恐る窓を開けると、するりと少年が入ってきた。
そのまま、部屋の中を飛び回ったのだ。
「あなた、ピーターパン?」
「そんな名前の仲間もいたかな。」
部屋の中をぐるりと飛び回った少年はベッドのそばにふわりと着地した。
まるで重力を感じていないような様子に、私は呆気にとられるしかなかった。
「それで、一緒に花火を見に行く気になった?」
にこりと笑って誘われたので、私は反論してやった。
「あなたは飛べるみたいだけど、私は飛べないから、花火の中を空から見るっていうのは無理なんじゃないかしら?」
そうすると、再び少年はにやりと笑った。
「どうして自分は飛べないなんて思うの?」
「えっ!?」
すると、みるみるうちに私の体はベッドから浮き上がってしまった。
「うわ、わ、わあ…。」
ジタバタと手足を動かすと変な方向に体が回転したり、地面に足がついていないので思っている方向に動けない。
とうとう天井にへばりついてしまった。
4
「ちょっと、あなた! なんの魔法使ったのよ?」
「魔法なんか使ってないよ。君が飛びたいと思ったから、体が浮いたんだよ。」
「そんなこと思ってない…。」
そういうや否や、急にすとんと体が床に引っ張られて、あわや激突しそうになった。
固く目を閉じると、床すれすれで止まっていた。
「ダメだよ! 飛びたくないなんて思ったら。」
飛びたくないと思ってしまうと、落っこちてしまうようだ。
「さあ、一緒に花火を見に行こう!」
そういって、少年は私に手を差し出した。
私は一瞬迷った。
でも、花火を空からみるチャンスなんて滅多にない。ひょっとしたら、この先一生ないかもしれない。
そう思った途端に私は少年の手を掴んでいた。
そのまま、瞬く間に窓をすり抜け自分の体が天高く昇っていくのを感じた。
思わず目を凝らすと、自分のマンションがはるか下に見えたのだ。
「すごーい!」
視線の高さに小高い丘やいつもは見上げているタワーが見える。
そして、体がとっても軽く感じた。
恐る恐る少年の手を離すと、私の体は空に浮いていたのだ。
空の上を走ろうとして足を動かすのだが、その場で足踏みしているだけで体が回ってしまうだけだった。
「ダメダメ! 足踏みじゃなくて、飛ぼうと思わないと。」
「飛ぶって…。」
飛んだことがない自分は、どう飛べばいいのか…。
イメージしたのは広い空を鳥が翼を広げて雄大に飛んでいる姿だった。
私は両腕を伸ばし、羽ばたくように空気をかいたのだ。
すると、自分の体が瞬時に薄い雲を突き抜けて、高く舞い上がったのを感じた。
「そうそう、その調子!」
下から少年がやって来て、私を誉めてくれた。
「じゃあ、今の感じを忘れずに。花火を見に行こう!」
5
私は言われるまま、鳥になった気持ちで空気をかいた。
すると、夜空をすいすいと自由に動けるようになったのだ。
ドドーン!
山間に小さくしか見えなかった花火が、あっという間に近づいてきた。
もし、地上から私たちが見えていたなら、きっと花火に突っ込んでいったように見えたに違いない。
周りを色とりどりの火の玉が飛び跳ねている。
そこここで光の玉が弾け、更にその火の玉から新しい火の玉が生まれ、大きな円を描いている。
地上から見ると花火は大きな丸い円にしか見えないが、空の高くから見下ろすと大きなボールのような球体を描いているのだ。
まるで、美しい光のボールが弾けているようだ。
ヒュー…
打ちあがった光の球が私たち目がけて飛んでくる。
そして、目の前で大輪の光の花が開いたかと思うと、私たちは光の渦の中に飲み込まれていた。
目がチカチカするほどの光が私たちを取り囲みキラキラと輝いている。
やがて、光の尾を残すように余韻を残して消えていく。
まさか、大きな花火を花火の中から見られるとは思わなかった。
6
「すごい…、キレイ…。」
「そうだろう。でも気をつけろよ。近づきすぎると火傷するからな。」
そんなの、今更だと思う。なぜなら、私たちは花火の真っただ中にいるのだから。
ヒュー…
光の矢が放たれたように、すぐそばを火の玉が駆け上っていく。
次の瞬間、パッと夜空が明るくなり、火の玉が彩り豊かに飛び散る。
ドドーン!
そして、次々に火の玉が駆け上って来ると、いくつもの大輪の光の花が夜空を彩った。
昼間の様な明るさに眩しくなってしまう程だ。
幾重にも立て続けに打ち出された花火は、赤や黄色などの色とりどりの玉で光を放ちながら夜空に美しい花を次々と描いていく。
やがて、しんと静まり返った。
「もう終わったのかな…。」
「なんだか、ちょっと寂しい…。」
私が言い終えない内に…。
ヒュー…
天に昇る龍のような勢いで大きな火球が長い炎の尾を引きずりながら、私たちのすぐ横を通り過ぎて行ったのだ。
ド・ドーン!
体の芯まで揺るがすような音が鼓膜をつんざく。
あたりには色とりどりの火球の渦が次々と破裂していっていた。
恐ろしいほど美しい巨大な火の玉の球が出現していた。
「大きい…。」
呆気にとられて思わず声が漏れた。
7
「もっと上の方から見よう!」
そう言うや否や、少年は私の手を引っ張って上へと飛び始めた。
すると…。
ヒュー…
大きな火の玉が追いかけてくるように、昇って来たのだ。
ド・ドーン!
追いつかれそうになる寸前に火の玉は弾け、美しい大輪の花を咲かせた。
そして、私たちは花火の上空へ到達すると、そこから夜空へ次々と駆け上ってくる花火を眺めた。
大きく花を開かせ、向日葵や菊の花の様な形の大きな花火。
土星やハートのように形がユニークな花火。
大きく開きイルミネーションのように色が変化する花火…。
様々な花火が打ちあがった。
そして、空は静寂を取り戻した。
空から眺めると、地上を覆うのはビルや家々の明かりだった。
「すごく、キレイな花火だったね。」
「うん…。」
「明日は違う場所で花火大会があるから、今からそこへ行こう!」
「今から…!?」
「そう、空を飛んで移動しながら、毎日花火だけ見て暮らそうよ。」
花火を見るのは好きだけど、それだけだとちょっと寂しい。
見下ろすと、山間に自分の暮らすマンションが見えた。
「私、帰らないと…。」
「そう、残念。」
そう言うと少年は私の肩をポンと押した。
その途端、ふわりと浮かんでいた自分の体は急降下した。
悲鳴を上げる間もなく、どんどん地上が迫ってくるそう感じた瞬間。
私はベッドの上で跳ね起きた。
8
まるで、空の上からベッドへ落ちてきたような感覚だった。
「おい、大丈夫か?」
突然、跳ね起きた私に驚いたようにお父さんが問いかける。
「たぶん…。」
思わず自分の体を確認している私に、お父さんはますます不可解な顔をした。
「今日は、ごめんな。一緒に花火に行けなくて。」
「ううん、大丈夫だよ。」
私は首を横に振りながら、空を飛びながら花火を見たのは夢だったのだろうかと思いを巡らせた。
窓はちゃんと閉まっているし、人間が空を飛ぶなんて非現実的だ。
でも夢の中だとしても、あの花火はとてもキレイで迫力があった。
「次は家族みんなで花火を見に行こうな。」
そう言ったお父さんの言葉に、私は大きく頷いた。
空から見る花火は、とてもキレイだったし面白かった。
だけど、できれば家族みんなで一緒に見たかったのだ。
そうすれば、とても楽しいと思えるだろう。
「今度こそ、家族みんなで一緒に花火を見ようね。」
空いっぱいに広がる花火を家族みんなと一緒に見られたら、こんな楽しいことはない。
次の夏、必ずみんなで花火を見ようとお父さんと約束してくれた。
今から来年の花火大会が待ち遠しくてしかたなくなった。