作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
訳:大久保ゆう訳
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1
それは、ひどく寒いおおみそかの夜のことでした。あたりはもうまっくらで、こん
こんと雪が降っていました。
寒い夜の中、みすぼらしい一人の少女が歩いていました。ぼうしもかぶらず、はだ
しでしたが、どこへ行くというわけでもありません。行くあてがないのです。ほんと
うは家を出るときに一足の木ぐつをはいていました。でも、サイズが大きくぶかぶか
で、役に立ちませんでした。実はお母さんのものだったので無理もありません。道路
をわたるときに、二台の馬車がとんでもない速さで走ってきたのです。少女は馬車を
よけようとして、木ぐつをなくしてしまいました。木ぐつの片方は見つかりませんで
した。もう片方は若者がすばやくひろって、「子供ができたときに、ゆりかごの代わ
りになる。」と言って、持ちさってしまいました。だから少女はその小さなあんよに
何もはかないままでした。あんよは寒さのために赤くはれて、青じんでいます。
2
少女の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチが入っています。手の中にも一箱
持っていました。一日中売り歩いても、買ってくれる人も、一枚の銅貨すらくれる人
もいませんでした。少女はおなかがへりました。寒さにぶるぶるふるえながらゆっく
り歩いていました。それはみすぼらしいと言うよりも、あわれでした。少女の肩でカー
ルしている長い金色のかみの毛に、雪のかけらがぴゅうぴゅうと降りかかっていまし
た。でも、少女はそんなことに気付いていませんでした。
3
どの家のまども明かりがあかあかとついていて、おなかがグゥとなりそうなガチョ
ウの丸焼きのにおいがします。そっか、今日はおおみそかなんだ、と少女は思いまし
た。
一つの家がとなりの家よりも通りに出ていて、影になっている場所がありました。
地べたに少女はぐったりと座りこんで、身をちぢめて丸くなりました。小さなあんよ
をぎゅっと引きよせましたが、寒さをしのぐことはできません。
少女には、家に帰る勇気はありませんでした。なぜなら、マッチが一箱も売れてい
ないので、一枚の銅貨さえ家に持ち帰ることができないのですから。するとお父さん
はぜったいほっぺをぶつにちがいありません。ここも家も寒いのには変わりないので
す、あそこは屋根があるだけ。その屋根だって、大きな穴があいていて、すきま風を
わらとぼろ布でふさいであるだけ。小さな少女の手は今にもこごえそうでした。
4
そうです!マッチの火が役に立つかもしれません。マッチを箱から取り出して、カ
ベでこすれば手があたたまるかもしれません。
少女は一本マッチを取り出して――「シュッ!」と、こすると、マッチがメラメラ
もえだしました! あたたかくて、明るくて、小さなロウソクみたいに少女の手の中
でもえるのです。本当にふしぎな火でした。まるで、大きな鉄のだるまストーブの前
にいるみたいでした、いえ、本当にいたのです。
目の前にはぴかぴかの金属の足とふたのついた、だるまストーブがあるのです。と
てもあたたかい火がすぐ近くにあるのです。少女はもっとあたたまろうと、だるまス
トーブの方へ足をのばしました。
と、そのとき! マッチの火は消えて、だるまストーブもパッとなくなってしまい、
手の中に残ったのはマッチのもえかすだけでした。
5
少女はべつのマッチをかべでこすりました。すると、火はいきおいよくもえだしま
した。
光がとてもまぶしくて、かべがヴェールのようにすき通ったかと思うと、いつのま
にか部屋の中にいました。テーブルには雪のように白いテーブルクロスがかかってい
て、上にごうかな銀食器、ガチョウの丸焼きがのっていました。ガチョウの丸焼きに
はリンゴとかんそうモモのつめ物がしてあって、湯気が立っていてとてもおいしそう
でした。しかし、ふしぎなことにそのガチョウが胸にナイフとフォークがささったま
ま、お皿から飛びおりて、ゆかをよちよち歩き出し、少女の方へ向かってきました。
そのとき、またマッチが消えてしまいました。よく見ると少女の前には、冷たくし
めったぶ厚いかべしかありませんでした。
6
少女はもう一つマッチをすると、今度はあっというまもありませんでした。少女は
きれいなクリスマスツリーの下に座っていたのです。ツリーはとても大きく、きれい
にかざられていました。それは、少女がガラス戸ごしに見てきた、どんなお金持ちの
家のツリーよりもきれいでごうかでした。ショーウィンドウの中にあるあざやかな絵
みたいに、ツリーのまわりの何千本もの細長いロウソクが、少女の頭の上できらきら
していました。
少女が手をのばそうとすると、マッチはふっと消えてしまいました。
たくさんあったクリスマスのロウソクはみんな、ぐんぐん空にのぼっていって、夜
空にちりばめた星たちと見分けがつかなくなってしまいました。
7
そのとき少女は一すじの流れ星を見つけました。すぅっと黄色い線をえがいていま
す。「だれかが死ぬんだ……」と、少女は思いました。なぜなら、おばあさんが流れ
星を見るといつもこう言ったからです。人が死ぬと、流れ星が落ちて命が神さまのと
ころへ行く、と言っていました。でも、そのなつかしいおばあさんはもういません。
少女を愛してくれたたった一人の人はもう死んで、いないのです。
8
少女はもう一度マッチをすりました。少女のまわりを光がつつみこんでいきます。
前を見ると、光の中におばあさんが立っていました。明るくて、本当にそこにいるみ
たいでした。むかしと同じように、おばあさんはおだやかにやさしく笑っていました。
「おばあちゃん!」と、少女は大声を上げました。「ねぇ、わたしをいっしょに連
れてってくれるの? でも……マッチがもえつきたら、おばあちゃんもどこかへ行っ
ちゃうんでしょ。あったかいストーブや、ガチョウの丸焼き、大きくてきれいなクリ
スマスツリーみたいに、パッと消えちゃうんでしょ……」
少女はマッチの束を全部だして、残らずマッチに火をつけました。そうしないとお
ばあさんが消えてしまうからです。マッチの光は真昼の太陽よりも明るくなりました。
赤々ともえました。明るくなっても、おばあさんはいつもと同じでした。昔みたいに
少女をうでの中に抱きしめました。
そして二人はふわっとうかび上がって、空の向こうの、ずっと遠いところにある光
の中の方へ、高く高くのぼっていきました。そこには寒さもはらぺこも痛みもありま
せん。なぜなら、神さまがいるのですから。
9
朝になると、みすぼらしい服を着た少女がかべによりかかって、動かなくなってい
ました。ほほは青ざめていましたが、口もとは笑っていました。おおみそかの日に、
少女は寒さのため死んでしまったのです。
今日は一月一日、一年の一番初めの太陽が、一体の小さななきがらを照らしていま
した。少女は座ったまま、死んでかたくなっていて、その手の中に、マッチのもえか
すの束がにぎりしめられていました。
「この子は自分をあたためようとしたんだ……」と、人々は言いました。
でも、少女がマッチでふしぎできれいなものを見たことも、おばあさんといっしょ
に新しい年をお祝いしに行ったことも、だれも知らないのです。だれも……
また、新しい一年が始まりました。
※ リレー朗読に使った原稿のため、パート分けをしています