「猫の恋」
Fan Make Voic オリジナル作品
※転載禁止
リレー朗読用に、パート分けと配役を記載しています。
登場キャラ
・オス猫 →(オ)
・メス猫マリー→(マ)
・語り→印なし
・マリーの飼い主(飼い主)
・オス猫の仲間の野良猫→(野良ネコ)
作中のマリーの台詞にある「家」は『うち』、それ以外は『いえ』とよみます。
※点字原稿と合わせています
【1】語り
オレは猫。ストリートで生まれ、ストリートで育った生粋の野良猫だ。
名前は、チャーちゃんとかトラとか、茶太郎とか人間に呼ばれている。たぶんそれは、オレが茶虎のオス猫だからだろう。
一番気に入っているのは、トラさんって呼ばれることだ。
どうやら有名な人間の名前らしい。どんな人間なのかオレは知らないが、人間たちは口々に笑みを浮かべながら「似ている」って言うんだ。
猫に似ている人間なんているんだろうか…。
人間は怖いものだと母猫から教わり、できるだけ関わらないようにして育ったが、中にはご飯をくれる優しい人間もいる。
その母猫はいつの間にかいなくなり、一緒に育ったはずの兄弟猫もいつの間にか姿を見せなくなってしまったのだ。
気が付けばオレは一人ぼっちになっていた。
だからといって、寂しいわけじゃない。他にも猫の仲間はいるし、ご飯をくれる人間だっている。
でも、今日みたいに雨が続く日は嫌になるんだ。
【2】語り
少しくらいの雨だったらちょっと軒先を借りて雨宿りするんだけど、最近は突然大雨が降りだしたりして、人間も困っているみたいだ。それに、オレたち猫も雨宿りする場所が少なくって困っている。
昔はお寺や神社の床下とかへ逃げ込んだものだけど、動物が入れないように囲ってあったり、建物自体がマンションやビルになって入り込める場所がなくなってきたのだ。
それに、雨だけじゃない。真夏の暑さは、アスファルトを高温に変えて肉球が火傷するほどだし、真冬のコンクリートはカチカチに凍って肉球が切れそうなほどだ。
だから、ストリートに住んでいるオレたち野良猫の肉球は、それに耐えられるように固くひび割れている。
柔らかい肉球を持っているのは、人間と家で一緒に住んでいる家猫だけだ。
【3】4人掛け合い、語り・オス猫・マリ―・オス猫の仲間の野良猫
今日も大雨に遭遇して、オレはどうにか一軒家の軒先に雨宿りをしていた。
(マ)「あなた、だあれ?」
不意に声をかけられて振り返ると、そこにはキレイなオッドアイの白い猫が網戸越しに佇んでいた。
(オ)「ごめん、ちょっと雨宿りさせてくれよ。」
(マ)「いいわよ、ひどい雨よね。」
普通の猫だったら、自分の縄張りの中に別の猫が入ってきたら怒りそうなものだが、彼女はどうやら違うようだ。
(マ)「あなた、どこから来たの?」
(オ)「この辺に住んでるけど。」
(マ)「どこのお家?」
(オ)「家はない。人間と一緒に住んでないからな。」
(マ)「お家がないの…。ご飯とかどうしてるの…?」
(オ)「優しい人間が食べ物をくれるときがあるけど、雨が続くと、それもなくなるから…。」
(マ)「私のごはんをあげられるといいんだけど…。」
(オ)「オレがその部屋に入ったら、人間に怒られるだろう。」
(マ)「私のママは優しいよ。」
(オ)「それでも、見知らぬ猫が勝手に家に入ったら怒られるに決まってる。」
一度だけ、空腹に耐えかねて窓際に置いてあったご飯に口を付けたことがある。その途端、その家の人間にみつかって怒鳴りながら追い払われたのだ。
それが普通の反応だと思う。どんな人間だって、自分と暮らしている猫は可愛いが、見知らぬ猫は不審に思うに違いないのだ。
(オ)「もう、雨が上がったようだから、行くぜ。」
(マ)「また、遊びに来てね。」
窓辺で佇む白猫の彼女を一度だけ振り返って、オレはその家を後にした。
(野良ネコ)「ああ、その家なら知ってるぜ。確かその家には二匹猫がいたはずだが…。」
(オ)「そうなのか? 白猫しかいなかったぜ。」
(野良ネコ)「おかしいな、ちょっと前に庭を通り過ぎた時。窓際に白い猫ともう一匹白黒の猫を見かけたけどな。」
どうやら、あの家にはもう一匹が白黒の猫がいたらしいが、最近まったく見かけなくなったようだ。
ひょっとしたら、あの白猫は一匹だけになってしまったのかもしれない。
【4】3人掛け合い、語り・オス猫・マリー
月夜の明るい晩、オレはあの家へ様子を見に行った。
すると、あの雨の日と同じように窓際に白い猫が佇んでいた。
(オ)「やあ。」
(マ)「あら、あの時の。でも、あげられるご飯はないわ。」
(オ)「別にご飯が目的で来たわけじゃないよ。そりゃ、あると嬉しいけど。」
(マ)「じゃあ、今日はどうしたの?」
(オ)「なんとなく、寄ってみたんだ。」
本当はこの白猫が寂しがっているんじゃないかと思ったのだ。
(オ)「この家には、君だけ?」
(マ)「今は私だけ…。でも少し前まで、一緒に暮らしていた弟の猫がいたんだけど…。」
そこまで言って彼女は口ごもった。
(マ)「病気で亡くなってしまったの…。」
彼女の話によると、彼女と弟の白黒猫は二匹一緒にこの家に貰われてきたらしい。
二匹仲良く暮らしていたのだが、ある日弟の白黒猫がご飯を食べなくなり急に痩せ始めたのだという。
(マ)「ママが病院へ連れて行ったんだけど…。」
どうやら、弟の白黒猫はあっという間に病魔に侵され、亡くなってしまったという。
野良猫のオレたちは病気やケガをしても病院へ連れて行ってもらえるなんてないのだ。
でも、家猫で病院へ連れて行ってもらえたとしても、病気が治らないなんて悲しいとしか思えない。
(マ)「ママもパパも、たくさん泣いてた。私も弟がいなくなって寂しい…。」
だから時折、庭を通り過ぎる猫や雨宿りする猫に声をかけたのだが、反応したのはオレだけだったというのだ。
(マ)「ねえ、花火って知ってる?」
(オ)「ああ、夜空にキレイな花を咲かせるやつだろう?」
(マ)「昔、一度だけ見たことがあるの…。でも、ここからだと音しか聞こえなくて…。」
(オ)「確かに周りはビルだらけで、空はあまり見えないもんな…。」
(マ)「もう一度、見たいな、花火…。」
(オ)「じゃあ、花火が上がったら、見える所へ連れて行ってやるよ!」
(マ)「本当?」
(オ)「ああ、約束するよ!」
(マ)「私、マリーって呼ばれているの。あなたの名前は?」
(オ)「オレは、トラさんだ。」
(マ)「おもしろい名前ね。」
それからオレは毎晩、夜空を見上げた。
雨の日に花火が上がらないのは知っていたから、その時はマリーの所へ遊びに行った。
憂鬱な雨の日が、マリーに会えると思うと、少しだけ楽しくなっていた。
【5】4人掛け合い、語り・オス猫・マリ―・マリーの飼い主
ドドーン!
雷のような音が空を揺るがした。
夜空にパチパチと火花が散っている。
花火だと確信したオレは、建物の合間を駆け抜けて古いビルの外についている非常階段を駆け上がった。
ビルの屋上に辿り着くと、見事な花火が夜空を染めあげていた。
(オ)「よし! 花火があがったぞ!」
オレは階段を駆け降りると、マリーの家へ一目散に向かった。
(オ)「マリー! 花火だ、花火が上がってるぞ!」
(マ)「見たい! 見に行きたい!」
網戸越しに訴えるマリーを外へ出すために、網戸に爪を立て思い切り横へ引っ張った。
すると、網戸が少しだけ開いた。
マリーはその隙間から体を器用に滑り出させたのだ。
オレは花火が見えるビルまで、マリーをエスコートした。
狭いコンクリートの塀を渡り、ビルの隙間を潜り抜け、生垣の下を低い姿勢で進み、ようやく人が入って来ない古いビルに辿り着いた。
辺りを見回して、非常階段を上ると、ちょうど大きな花火が目の前で上がった。
ドドーン!
(マ)「わああ、花火だ! キレーイ!」
大きな音と共に上がった花火が、マリーの瞳にも映った。
ドドーン! パラパラパラ…!
何度も打ちあがる花火をマリーは嬉しそうに眺めていた。
(マ)「一度だけ弟と一緒に花火を見たことがあるの。その時の花火がとてもキレイで…。」
花火は、いつも一緒だった弟との思い出だったとマリーが言った。
(マ)「最初は音にビックリしたけど、キラキラ光る花火がキレイだった…。」
その時よりも今晩の花火が楽しい思い出になってくれればいいと、オレは思った。
ドドドーン! パラパラパラ…!
巨大な花火が夜空いっぱいに広がり、天空を焦がし煌びやかな光が、余韻を残すように消えていった。
そして、あたりはいつものように静まり返った。
(マ)「凄くキレイだったね。」
(オ)「そうだな。今までで一番キレイな花火だった。」
(マ)「私、家に帰りたくない。ずっとトラさんと一緒にいたい。」
(オ)「オレもだ。」
と言いかけて、オレは口をつぐんだ。
ずっと家猫だったマリーは野良猫の厳しさを知らない。
だから、オレとマリーはずっと一緒にはいられないのだ。
(オ)「…帰ろう。」
オレはマリーの家まで送って行った。
すると、遠くからマリーを呼ぶ声が聞こえた。
(飼い主)マリー! マリー! どこへ行ったの?」
心配してマリーを探しているマリーのママの声だ。
(オ)「ほら、迎えに来てるぞ。」
(マ)「でも…。」
(オ)「いいから、ママの元へ帰ってやれ。」
マリーがママの元へ駆けてゆくと…、
(飼い主)「マリー! どこへ行ってたの、心配したのよ…。」
ママはマリーを抱き上げると何度も優しくなでていた。
抱き上げられたマリーはオレを振り返り、にゃあんと鳴いた。
【6】3人掛け合い、語り・オス猫・マリ―
それから暫くして、雨の日にマリーの家へ雨宿りに行くと…。
ベランダに見慣れない箱が置いてあったのだ。
(マ)「ああ、トラさん、ひさしぶり。もう来てくれないかと思った…。」
(オ)「そんなことはないぜ。それより、なんだこの箱?」
「覗いてみて。」
箱の中にはなんと、ご飯と水が置いてあったのだ。それに雨や風がよけられるように、入口は小さいが中は広くなっている。
(オ)「なんだか、入りたくなっちまうじゃないか…。」
オレがむずむずしていると…。
(マ)「入ってみたら?」
思わず入ってみると、ちょうどいい広さに思わず寛いでしまいたくなる。
(オ)「すっごく、いいじゃないか! これ!」
(マ)「ママがね。トラさんに使って欲しいって。」
(オ)「オレに?」
(マ)「天気の悪い日やゆっくり眠りたいときは、トラさんがここで休んでくれればいいのにって、ママが言ってたの。」
今更、家の中だけで人間に飼われるのはガラじゃないけど、こんな風に人間から優しくされると嬉しくなってしまう。
丁度その時、マリーのママがオレを見つけたのだ。
マリーのママは、オレがその箱に入るのを無理強いするわけでもなく、静かにオレがどうするのかを見守ってくれた。
だから、オレはにゃあんと一声鳴いて、その箱に入った。
これからは、雨の日や寒い風の日などの天候が悪い日に、ちょっとだけ休むことができる小さな家がオレにはできた。
ひょっとしたら、そう遠くない将来、マリーと一緒に暮らせるかもしれない。